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2004年12月24日
推薦図書
一年のうちで、特別な日に。
お薦めしたい本があります。
私は、特定の書籍や商品を推薦しないことが方針です。なぜなら推薦することで、誤解を生み、紹介責任があると糾弾されることがあるからです。しかし、その原則を撤回して、この本は推薦したい。
「世界を変えるお金の使い方」(責任編集 山本良一 think the earth project、ダイヤモンド社)
素晴らしい本です。とくに事業をやっていらっしゃる方。いまは腹に落ちなくても、大丈夫です。事業がうまくいって、成功すればするほど、この本に書かれていることに、打ちのめされるときがきます。だから、そのときのために、読まなくても結構ですから、枕元に置いてください。
とくに、山本先生がお書きになった序文、「世界を変えるお金の使い方」は、歴史に残る名文といってもいいと思います。
一部を紹介します。
あなたがお金を使う瞬間、
それはあなたが
世界を動かしている瞬間でもあります。
いまあなたのお財布に入っているお金は、
社会システムであると同時に、
あなたの意思であり、選択であり、
それを伝える道具でもあります。
お金は万能ではなく、お金でなんでも解決できるはずもないけれど、
使い方によっては、世界を変える原動力になるのです。
この文章だけでも、多くの人の一生を変えるインパクトがあると思います。
さて・・・
ブログをご覧の、読者のみなさん。
今年も本当にありがとうございました。あなたとの出会いに、心から感謝いたします。
私のクライアント用に、音声メッセージを収録しました。お暇であれば、聞いてみてください。参考になるところもあるかも知れません。
http://www.kandamasanori.com/greething.html
最後に、私の著作のなかから、来年に向けて、一番、伝えたいメッセージを記したいと思います。
「今の時代、夢を持った人の影響力は恐ろしいほどである。とくに大企業の幹部社員、中小企業経営者をはじめとしたリーダー層の影響力は大きい。経営者が家庭とビジネスを調和させながら幸福になるという夢をもったとき、その夢はリーダー層に広がり、そして部下、その家族までに広がるのだ。私は、本書の読者がその重要性を声に出して伝えはじめれば、この夢は数年以内に実現すると確信している。」(「成功者の告白」313頁より)
素晴らしい年末を・・・
投稿者 kanda55 : 22:34 | コメント (59) | トラックバック
2004年12月18日
世にも恐ろしい話3
あー今回は、もうネタばれしちゃったねー。とゆうことで、ごちゃごちゃ話すことなく、結論から伝えますね。
中條先生は、自分の手帳を広げながら、おっしゃった。
「アインシュタインがノーベル賞を受賞したときに、日本に滞在していたらしいのだけど、その際に、語った言葉があるのです。」
中條先生は、そのアインシュタインの言葉を、手帳の一頁目に書き写されていた。その頁を探し当てると、学生たちひとりひとりに語りかけるように、朗読された。
「世界は進むだけ進んでその間、幾度も闘争が繰り返され、最後に闘争に疲れるときが来るだろう。その時、世界の人類は必ず真の平和を求めて、世界の盟主をあげねばならぬ時が来るに違いない。その世界の盟主は武力や金力でなく、あらゆる国の歴史を超越した最も古く、且つ、尊い家柄でなければならぬ。世界の文化はアジアに始まって、アジアに帰り、それはアジアの高峰、日本に立ち戻らねばならぬ。我等は神に感謝する。天が我等人類に日本という国を造っておいてくれたことを。」
これは1922年にアインシュタインが来日したときに、滞在の感想を求められたときに語った言葉らしい。この21世紀初頭の状況に、そのまま当てはまることに驚きます。この賛辞の言葉を、僕らはナショナリストになるのではなく、謙虚に受け止めていきたいよね。
中條先生は、インタビューの冒頭で強調されていた。
「あなた方、若い人が戦争のことを勉強するのは、とても大事なことなのです。なぜなら、戦争は、決してやってはいけない過ちなのです。過ちなのだけれども、必ずまた起こるときがきます。ですから、そうなったときに、どう行動すべきなのか、知らなければなりません。」
戦争は、また起きるのです・・・
われわれの生活のなかで、あえて見ないようにしている現実。その見たくない現実と向かい合って、自分が学んだ知恵を後世に伝えようとしている人がいる。
第三次世界大戦は、起こるのか?
中條先生のインタビューから少し離れるけどね、いまハリー・S・デントという経済学者の最新刊(The Next Great Bubble Boom, How to Profit from the Greatest Boom in History:2005-2009)を読んでいる。彼は、景気予測を人口動態からかなり高い精度で読み取ってくるんだけど、景気予測だけではなく、戦争予測もしているんだよね。彼の予測によれば、アメリカの景気が2015年に大底になって、その後も長期停滞になる。戦争が起こらない限り、この経済の低迷は長引く。そこで第三次世界大戦が起こるとすれば、2020年から2030年が一番、起こりやすいと予測している。
われわれは、どうしたら、いいのか?
結論はありません。どうすべきかっていう議論をしても、きっと朝までかかるよね。
意見はバラバラだし、いったい何が真実かっていうことも分からない。
だったら議論する時間で、できることを、楽しみながらやろうじゃないの。ということで、リビング・ヒストリー・プロジェクトをやってます。
このプロジェクト、いったい、どうなるのか?
「正直、分かりません。」
うまくいくのか?
「うまくいったら、いいなぁとは思います。」
社会の役に立つのか?
「う〜ん、役に立つかも知れないし、迷惑になるかも知れない。」
楽しいのか?
「う〜ん、楽しい、と思いま・す・けど・・・辛いことも、ほんと、たくさんありますよね。」
批判されるんじゃない?
「えー、批判はいつもされます。めちゃ傷つきます。」
じゃ、なんでやっているの?
「なんで、だろー? よくわからないや。」
仕事っていうのは、分からないことの連続だし、予想外の出来事に冷や汗をかくことの連続だし、間違いの連続だし、後悔の連続だし、批判されることの連続だし、家族に迷惑をかけることの連続だし、同僚を巻き込むことの連続だし、傷つくことの連続だし、不安の連続だし・・・
理不尽なことの連続のなかに、ふいに涙がとまらなくなる瞬間が訪れる。それは決まって、人と人との心がつながったとき。
それが楽しくて、嬉しくて、仕事に夢中になる。
今回のアインシュタインの言葉。
それは、このインタビューの前日に、カメラを担当してくれたまっちゃんが、最終打ち合わせで、ふいに読み上げた言葉でもありました。まったく同じ言葉が、翌日、中條先生によって読み上げられた。その瞬間に、カメラをまわす彼の目から、涙が溢れたのが分かる。
単なる偶然の一致だったのか、それとも、すべては決まっていたのか?
答えは、物語が終わるまで、疑問のままだろう。
投稿者 kanda55 : 22:59 | コメント (73) | トラックバック
2004年12月10日
世にも恐ろしい本当の話2
いま財界に最も影響力のあるひとり、アサヒビール名誉顧問の中條高徳先生(77)。その中條先生から、戦争の話を教えてもらうためにインタビューする、その日のこと。
アポは午前10時。しかし、その数分前、なんと収録スタッフが手配されていないという事実に直面したのであった。
いままでの努力は水泡に終わってしまうのか!?
時刻は9時59分。
すぐに対策をとらなければならない。
携帯電話の相手は、収録スタッフだった。
「申し訳ないけど、30分で、この場所までこられませんか?」
「30分ですか? 30分は無理ですけど、1時間はかからない・・・と思います。」
ボクは計算した。中條先生から時間は2時間いただいている。すると、なんとか1時間は収録できる。事情を説明して、30分の延長を許していただければ、90分のインタビューは、予定どおりいける。
時刻はいまにも10時になろうとしている。
「それでは、無理をいいますが、いますぐ来てください。録音だけで結構ですから。住所をいいます・・・」
ボクは電話をきった。携帯電話は、電池が切れようとして、点滅。
収録スタッフが場所を確認しようと電話してきても、電話は繋がらないだろう。
4人のメンバーは凍りついている。
いや、凍りついていると思ったのは、ボクだけだった。彼らの顔には笑顔が浮かんでいる。結構、余裕で構えていた。
ボクは、彼らに向かって、弱音を吐いた。
「さぁ、どうしよう。もう冷や汗ダラダラ。」
カバンから、ハンカチを出した。額の汗を拭いた。
覚悟決めなくっちゃ。ボクはきっぱりと伝えた。
「よし!率直に、謝ることにしましょう。30分の延長をお願いし、お許し願えれば、予定どおり90分の収録。無理であれば、60分で終了。また次回もお願いできれば、お願いしましょう。」
方針を決定。
即座に、全員、納得。
彼らの顔をみれば、この危機は乗り越えられるとの自信に溢れている。
さすが私の生徒である。彼らを誇らしく思いながら、ボクは、ビルのインターフォンで、中條先生の部屋番号をダイヤルした。
時刻10時0分。
中條先生の事務所にはいった。
早速、先生が出迎えてくれた。はじめてみるお顔であるが、一瞬にして惹きつけられる。寛大な、そして優しいエネルギーに包まれている。玄関をまたいでから3秒で、あぁ、お会いしてよかったぁ、とため息がでちゃうほど。
名刺交換をした。ボク以外のメンバーは、名刺など持ち合わせていない。
なんたって、学生なのだ。素人なのだ。インタビューなんて、初体験なのだ。19歳、20歳の若造が、恐いもの知らずだから、アサヒビール名誉顧問の中條先生に突撃しちゃうのだ。
あぁ、知らないということは、幸せなことだ。
中條先生が、口を開いた。
「時間が限られているので、早速、はじめましょうか。」
うわー、どうしたらいい!? はじめるにも、収録スタッフが来ていないのだ。
ボクは姿勢を正して、告白した。
「実は、はじめるまえに、お詫びしなければならないことがあります。今回、このプロジェクトの初回でして、いろいろ行き違いがあってしまって、収録スタッフがきていないのです。1時間かからずに、こちらに来ますので、その間、打ち合わせをさせていただいて、よろしいでしょうか?」
うわずる声をおさえながら、なんとか言い切った。
中條先生は、まったく動揺しかなった。そして勇気付ける声でおっしゃった。
「失敗を気にしていたら、何もできない。失敗があるから、何事も成し遂げられるのだよ。」
正直、この言葉に救われた。
そして、この言葉は、われわれに対するなぐさめ以上の意味があったのだ。ただ、われわれが、その意味を知るためには、インタビューの最後まで、待たなければならなかった。
中條先生は、収録スタッフを待つことに同意してくださった。
そのときである。奇跡が起こった。
スタッフのひとりが、なにやら、カバンから取り出しているではないか!
ビデオカメラだった。
そして、もうひとりのスタッフも。
ヴォイス・レコーダーを取り出した。
そうだった!
映像もとっておくと、いいかもね、と気軽にいっていたのだ。それを覚えていて、もってきたメンバーがいたのだった。
今回の収録は、販売するわけでもない。リビングヒストリー・プロジェクトとして肉声のライブラリーをつくることが目的。だから、いまの時点で完璧な音質である必要はない。
「OK! 映像でいこう。セットしてくれる?」
インタビュアーは、あーちゃんというあだ名の、20歳になりたての女の子。インタビュー養成の講座を受けてもらったものの、インタビュー初体験だ。手元にある資料は、鉛筆で書かれた彼女の字でぎっしり。
中條先生の本も、何冊も読んで、準備は入念にやっている。しかし、あーちゃんは、その努力を見せずに、周囲をリラックスさせる。それが彼女の持ち味だ。
ビデオカメラのセットが終わった。
「それじゃ、あーちゃん、いってみようー。」
ボクの掛け声で、あーちゃんが、インタビューをはじめた。
「それではリビングヒストリー・プロジェクトをはじめます。今回はアサヒビール名誉顧問の中條高徳先生のお話をお聴きいたします。このプロジェクトの目的は、戦争体験者の肉声を通して、日本の歴史を記録し、次世代に継承していくこと。そして、価値観の変容する時代に、われわれ20代がどのように生きていくべきか、先人の知恵に、学ぶことです。それでは中條先生、よろしくお願いします。」
インタビューがはじまった。
それから2時間は、あっという間だった。
中條先生が体験してきたこと、歴史観の大きさ、そして次世代に大切なことを伝えていきたいという情熱に圧倒される。
気づいたときには、目が涙で曇っていた。カメラを回すメンバーからは啜り声が聞こえる。それは中條先生が、アインシュタインの言葉を引用したときのことだった。
次回は、アインシュタインがノーベル賞を受賞したときに、この日本の地で、世界に伝えたメッセージを紹介しよう。
投稿者 kanda55 : 18:34 | コメント (44) | トラックバック
2004年12月07日
世にも恐ろしい、本当の話1
世にも恐ろしいこととは、こういうことだ。
顔から血がさーと引いた。数秒後に、冷や汗が流れはじめた。
「あちゃー、やっちゃった!!!」
今日のことなんですよ。午前9時52分。
午前10時から、アサヒビール名誉顧問の中條高徳先生のインタビュー収録をすることになっている。いまや財界のご意見番として最も影響力がある一人である中條先生。その中條先生へ8分後に、インタビューをすることになっている。にも関わらず・・・世にも、恐ろしいことが起こってしまったのである。
恐ろしいことが起こる2分前。9時50分。
ボクの気分は絶好調だった。
今日は、このブログの第1回目の書き込みで案内したリビング・ヒストリー・プロジェクトが、本格的に稼動する記念すべき日。そのプロジェクト・チームメンバー4人が、インタビューを収録するビルの入り口で、待ち合わせていたのだった。
「リビング・ヒストリー・プロジェクトって、何?」
そう疑問に思っているあなたのために、話を進める前に、少し説明しておきましょう。
リビング・ヒストリー・プロジェクトっていうのはね、戦前・戦中・戦後の歴史を、肉声を通して記録し、10代・20代の若者が、先人の知恵を次世代に継承していくことが目的なんだ。このプロジェクトを、いま全国から18人の学生を中心にする若者が集まって、推進している。2年後までに、2000人の肉声を収録し、それを無料で公開していくことが当面の目標(詳しくは、第1回目のブログ書き込みを見てね!)。あぁちなみに、これは100%ボランティア・プロジェクトで、参加者はみんな無報酬でやっているんだよ。
その第一回収録のために、チームメンバー4人が、午前9時50分に、玄関口に集まったですよ。
ボクはね、時間に遅れなくて良かったな、と安心。
さぁーて、これから20歳のインタビュアー達が、75歳の大経営者・中條先生を直撃。輝かしい一歩を踏み出す瞬間なのだった。
で、その一歩を踏み出すために、喝をいれようとした、そのとき・・・ボクの頭に不安がよぎったのだった。
「ところで、収録スタッフは、どこにいるんだろうか?」
待ち合わせをした玄関口に、収録スタッフが誰もいないのだ。
「まさか、来ていないってことはないだろうな?」
そう思いながら、ボクは口にできなかった。なぜなら、それを口にしてしまったら、インタビューをする気で満々の学生達は、パニックに陥る。ボクは一応、100万部以上の著書を販売した40歳のおぢさんだよ。「収録スタッフを手配していなかった」なんて、かっこ悪い間違いはできるはずがないよね。
ボクは、心を落ち着けて、とりあえず、うちの会社のスタッフに電話した。
ボクの右腕に電話した。運悪いことに、携帯電話の電源があと2つの目盛になっている。
事務所の直通電話に連絡。すると・・・
「お電話ありがとうございます。ただいま外出して・・・」
ひえー。なんてことだ。
私は、気を落ち着けながら、今度は携帯電話に連絡。
「お電話ありがとうございます。ただいま電話にでられません・・・」
ひえー、ひえー。ありえねー。冷や汗が溢れてくる。
時間は、9時55分。
あと5分で、エレベータに乗り、中條先生の事務所に伺わなくてはならない。
仕方がないので、事務所の代表番号に電話した。すると・・・
「お電話ありがとうございます。弊社電話受付時間は・・・」
まいった。受付は午前10時からだったんだー。
ボクは、パニックボタンを押す寸前だった。
そのとき、今日のインタビュアー、20歳のあーちゃんという女性が、私に声をかけてきた。彼女は、私の心のパニックを知らない。
「神田さん、ちょっとお時間いいですか?」
いいわけ、ねーだろー、ガッー。
この苛立ちを表面に出さないようにした。なんとか声を落ち着かせた。
「ごめーん、いま緊急に連絡とらなくてはならないから・・・」
いったい、収録スタッフはどこにいるのか?
ボクは、その答を確認するために、別の会社のスタッフに連絡をとった。
やっとつながった。
「ねー、今日さ、中條先生を午前10時からインタビューするはずなんだけど、収録スタッフが来ていないようなんだよね。確認できるかな?」
「えー、収録の方の携帯番号なら、いますぐ分かりますよ。」
「あっ、それでいい、それで。至急、教えて。」
午前9時58分。
ボクは、収録スタッフの携帯に電話した。呼び鈴がなりつづける。
頼む。でてくれ、でてくれー。
6回ぐらい呼び鈴がなったころ、電話がつながった。
ボクは祈りながら、話しはじめた。
「あっ、おはようございます。アルマックの神田です。いつもお世話になっています。今日10時からの、中條先生の収録、そちらの予定にはいっていますよね。」
収録スタッフがいった。
「いえ、はいっていないですよぉ。」
は・い・って・い・な・い・・・。
ぎょえー、ぎょえー、ぎょえー。
ぎょえー、ぎょえー、ぎょえー。
ぎょえー、ぎょえー、ぎょえー。
あの中條先生の収録の日に、てぶらで、これからどういう顔して、会えっていうの?
4ヶ月みんなで頑張ってきた結果が、収録できないっていうわけ??
言葉にならない。
ぎょえー、ぎょえー、ぎょえー。ボクはギャオスになって、心なかで叫びつづけた。
いったい、リビングヒストリーチームの、第一回目収録の命運はどうなるのか!
いったい、中條先生には、どう弁明すればいいのか?
いったい、どうやって、この危機を脱すればいいのか?
携帯電話の表示をみた。
充電目盛は、残り2つから1つになってしまっている。
時刻は・・・
9時59分。
























